花さき山 五十周年 花さき山 五十周年

絵本『花さき山』が出来るまで

 「花咲き山」の物語は、理論社から出版されていた『ベロ出しチョンマ』(斎藤隆介・作 滝平二郎・挿絵、1967年)のプロローグとして冒頭に配された小品でした。
 それが、絵本『花さき山』として岩崎書店から出版されたのには、当時の岩崎書店編集長・小西正保と、滝平二郎先生、斎藤隆介先生との出会いがありました。

 小西の記憶によれば、1969年5月。新宿の駅ビル8階で開催されていた「車」展(注) に滝平二郎先生が絵本『花さき山』の試作の数場面を出品されており、それとの衝撃的な出会いを小西は次のように回想しています。

 主人公のが、一面のあやしい花の中で画面にはみえていない山ンばをみあげて目をみはっているところ、おどろおどろした長い髪をたらし、杖にすがってに向かって語りかける山ンば。けっしておそろしくはない、むしろ親しみのあるその表情。——「おどろくんでない。おらはこの山にひとりですんでいるばばだ……」という文章とともに、みるものに絵それ自身が語りかけてくる。
 そして全体が純黒の背景の中で、切り出された登場人物たちが鮮やかに浮かび上る。さらに鮮やかさを添えるのはその白と黒の鋭いきりえの中にほどこされた赤、青、黄、緑などの色彩の美しさだ。
 私は、「車」展の会場で、これらの絵の前に立ってほとんど呆然とみとれていたことをつい昨日のことのように思い出す。
 絵本『八郎』も『三コ』も、いずれも木版、彩色による画面づくりであった。もちろん、当時きりえによる挿画やカットのようなお仕事もすでに始めておられたと思うが、このような、きりえ、彩色という方法を試みられたのは、ほぼこの前後からのことではなかったか。少なくとも完成された絵本の表現としては初めてのことであったと思う。(昭和四十二年に岩崎書店から出された松谷みよ子作/滝平二郎絵の絵本『さるかに』ですでにその試みはなされているが。)
 それだけに、そのあまりに新鮮な画面に出会って私はそこに立ちつくしてしまったのである。しかし、私の驚きはそれだけではなかった。もう一つ、この『花さき山』という、どちらかといえば観念的な短編の世界をかくもみごとに視覚化している、ということへの驚きであった。

(中略)

 いわばこれは、斎藤文学のエッセンスのような話だが、話としてはきわめて観念的な世界である。
 試作「花咲き山」を前にしての私の驚きは、そのきりえ・彩色という画面の新鮮さと同時に、この童話からかくも美しいイメージを結ぶことのできる画家の創造力(あるいは想像力)に対してであったのだ。
「車」展から帰って、早速私は滝平氏のお宅に電話をして、あの「花咲き山」をぜひ、というお願いをしたのだった。

(中略)

 氏は二つ返事で、あっさりと承諾をして下さった。そして、「あなたはまだ斎藤隆介さんに会ったことがないでしょう。これから電話をしておくから、一度行っていらっしゃい」といって斎藤隆介氏を紹介して下さったのである。

『絵本と画家との出会い』(小西正保・著 日本エディターズスクール出版部刊 1998年)より

 その後、絵本の製作は進み、きりえの黒い紙色を生かして、黒バックの装幀デザインを決めたところ、社長の岩崎徹太から、「子どもの絵本に黒はよくないから、バックの色を変えなさい」と指示されます。小西は「はい、変えます」と答えたものの、滝平二郎のきりえの美しさを生かすには、やはり黒しかない、と思い定め、黒い表紙のまま印刷して出版してしまいました。(1969年12月30日)
 当時、子どものための話には、向日性が求められ、明るい色彩が好まれていたため、「黒い表紙の絵本」は、小さな物議をかもしたのですが、幸いにしてこの絵本は、そのタブーをうち破る作品となり、翌年から始まった講談社出版文化賞の「第1回ブックデザイン賞」を受賞しました。

注)「車」展は、当時の中堅的な児童美術家たち(安泰、いわさきちひろ、滝平二郎、箕田源二郎、土方重巳、久米宏一氏等)による同人展。

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インタビュー

元厚生労働省事務次官 村木厚子さん インタビュー

あの事件から10年になりますが、村木さんが拘置所で150冊もの本を読まれた中で、心に残る1冊にこの『花さき山』を挙げてくださっていますが、この絵本のどのようなところが、お心に響いたのでしょうか。

村木

 これは、私がとても素敵だなと思っている福祉関係の女性が差し入れてくださったのですが、いろいろな方からたくさん差し入れていただいた本の中で、「絵本」がこれだけだったというのもありますし、私自身は、この絵本にそこで初めて出会ったというのもあります。

 このストーリーの何が当時の私にとってすごく救いになったかと言うと、それまで自分は一家の主婦で、かつ仕事も公務員で、自分としては「誰かのためにする」ということをやってきていたつもりでした。それがある日、準備もないままに、事情聴取されるということで大阪地検に出向いたその日にそのまま逮捕されて、その日の夕方には拘置所に入れられた。一晩にして、「自分では何も出来ない状況」になったことに打ちのめされていました。自分は、誰のためにも何もできない、むしろ、周りから心配され、してもらうだけの立場になってしまった、ということに落ち込んで、励ましの手紙をいただいても、とても返事を書く気になれなかったのです。

 でも、この絵本で、が、何ももっていない状況なのに、妹のために我慢をすることでちゃんと花がさいたというのが、私にとっては、すごいインパクトがありました。それまで、人のために何かをするためには、人に与えられるもの、つまり、何らかの物なり、能力なりをもっていないといけないと思っていましたが、何ももっていなくても出来ることがある、花をさかせることができるんだ、というメッセージがすごく大きかった。じゃあ、ここで何が出来るだろう、と思った時に、自分が元気にしていること、大丈夫だよ、と伝えるだけでも、外で心配してくれている人のためになることだ、と気づけたんですよね。身構えて固まっていた気持ちがふぅーっと溶けていった感じがして、すごく楽になって、いただいたメッセージに元気に返事が書けるようになりました。

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村木 厚子

1955年高知県生まれ。土佐高校、高知大学卒業。78年労働省(現厚生労働省)入省。女性政策、障がい者政策、働き方改革や子ども政策などに携わる。郵便不正事件で有印公文書偽造等の罪に問われ、逮捕・起訴されるも、2010年無罪が確定、復職。2013年から15年まで厚生労働事務次官を務め退官。生きづらさを抱える少女・若年女性を支援する「若草プロジェクト」の代表呼びかけ人として、NPO活動に携わる。また、累犯障がい者を支援する「共生社会を創る愛の基金」の顧問や、住宅確保に困難を抱える者のための居住支援や農福連携の普及にも携わっている。

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書店さんからのコメント

小学校入学祝いに、幼稚園の先生をしていた叔母から贈られました。親に読み聞かせをしてもらうのが好きだった自分が、自力で読もうと思った初めての本だったと記憶しています。妹が生まれ、姉になることをに教わり、人を思いやることの美しさが咲き乱れる花々と共に、幼い自分に強く刻まれました。折にふれ、読み返す、かけがえのない<生涯の一冊>です。『花さき山』がこれからも長く、一人でも多くの人に読み継がれてゆくことを願います。

ときわ書房 千城台店 片山様

最後の「あっ!いま花さき山で、おらの花がさいてるな」の一文が子供の頃より心のすみっこにありました。この一文が、自分の中の判断基準となり、いまでも軌道修正してもらっております。

増田書店 色部様

「花さき山」は、自己犠牲を促すのではなく、「自己肯定」の絵本だと感じます。ひとり、ではなく「みんなの中のひとり」として生きていくには、ぐっと堪える瞬間が出てくる。そんな時、自分の花がどこかで咲いていると思えたら素敵だなと思います。が、おっとうやおっかあに、そんな話は嘘だと笑われても、今花がどこかで咲いているんだと、自分を認めている姿にとても前向きな気持ちになれました。「個人の幸せ」に注目が集まる昨今、大人の人にも改めて読んで欲しい1冊です。

木のおもちゃと絵本 カルテット 篠田様

我が家の子どもは三姉妹。それぞれに辛抱させていることが多々あります。でもその思いやりや優しさが花になるというとても美しい物語。長女はももいろ、次女はうすあお、三女はきいろの花を… 一日の終わりに読んであげたい物語です。

森百貨店 BOOK FOREST 森様

花を咲かせる事より、逆に摘みとってはいないか。大切な人のためにする事は、後に自身の喜びにつながり、笑顔になる。それこそが美しい花。この先の人生、摘みとることなく、1つでも多くの花を咲かせたい、そう感じる素敵な一冊です。

未来屋書店日永店 樋尾様

『花さき山』50周年記念パネル展

書籍情報

花さき山

花さき山

斎藤隆介 作/滝平二郎 絵

山菜をとりにいって、山ンばに出会った
やさしいことをすると美しい花がひとつ咲くという花さき山の感動のものがたり。

1969/12/30

978-4-265-90820-2

A4変型判 32頁

定価1,430円(本体1,300円+税)

滝平二郎カレンダー2020

滝平二郎カレンダー2020

滝平二郎 絵

滝平二郎の「きりえ」の名作が12か月の壁かけカレンダーになりました。刊行後50年を超えた絵本『花さき山』の名場面も。

978-4-265-82525-7

その他・規格外・29ページ

定価1,650円(本体1,500円+税)


Heartbloom Hill 花さき山

Heartbloom Hill 花さき山

斎藤隆介 作/滝平二郎 絵/アーサー・ビナード 訳

山菜をとりにいって道に迷い、山んばに出会った、あや。山には一面のきれいな花。やさしいことをすると美しい花が一つ咲く。名作絵本の英語版。日本語原文を巻末に掲載。

978-4-265-83088-6

A4変・36ページ

定価1,980円(本体1,800円+税)