第30回選考経過

第30回を迎える福島正実記念SF童話賞に、今年293篇もの応募があった。この数字は歴代第1位という多さである。第2位の第28回の時より30篇も増えている。福島賞の世間への認知度が少しずつ高まってきているのだろうか。

応募が増えていても、入賞は厳しいとひと目でわかる作品が混じる割合はそれほど変わらない。毎年お願いしていることだが、グレード(小学校中学年向き)、枚数、傾向(過去の受賞作品などから)を正確につかんで、福島賞にふさわしい作品をご応募いただきたい。

ただ、選考の対象となった作品群は、明らかに過去のものより平均的なレベルが上がっている。それぞれ細かな欠点はあるものの、基本的に読んでいて楽しく、最初から最後までその世界に入ることができるものが多かった。選考委員からも「作家として刺激を受ける」という声が聞かれ、30回を迎えたこの賞の、総合的なレベルアップは本当にうれしい限りである。

その背景には、応募者全体の高年齢化も影響していると思われる。社会経験を積んだ方々の書き慣れた文章は、物語としての完成度も高めている。それはそれでたいへんありがたいが、やはり、若い世代でおもしろい話を書く人も増えてほしい。特に応募者自体が少ない20代後半~30代にがんばってほしい。有名大学に創作コースが設立されるなど、作家を志す人は相変わらず多いと聞く。若くみずみずしい感性を持った若者に、ぜひ児童書の分野に入ってきてほしい。読んだことのない、驚くほど新鮮な物語を書いてくれる人に、さしあげるべく存在しているのが「新人賞」なのだから。

第一次選考を通過したのは以下の15篇だった。

 「あったりなかったり島の冒険」 久次律子
 「ロボット観察日記」 定金千佳
 「サン太ダルマの大修行」 花田しゅー子
 「声蛍」 万乃華 れん
 「新月に舞うUFO」 まいゆみこ
 「ぼくの家は宇宙を翔けた」 小笠原よしか
 「おじいちゃんのスーパーパワー補聴器」 七海富久子
 「猫を、尾行」 太月よう
 「まあいいか、アリだし」 みとみ とみ
 「なんでも消しゴム」 うつぎ ちはる
 「うさぎのアリス」 藤谷クミコ
 「つぼ落ち妖怪つかまえます」 横宣ヒロト
 「着ぐるみ宇宙人 空へ帰る」 大枝良子
 「ロボットがんばります」 田辺公一
 「石器人にカンパイ!」 石川純子

二次選考まで辿り着けても、最終選考に残るまでにはまだ越えなくてはいけない壁がある。「文章がうまい人はネタがつまらなく、ネタがおもしろい人は文章力が足りない」という声が聞かれた。研鑽を積んで、再びチャンレジしてほしい。また、長編の最初の部分で終わっているような作品もあり、この福島賞の分量(50枚~60枚)の中できちんと展開して、書ききるようにお願いしたい。
最終選考に残るべくして残ったのは、次の六作品である。

 「声蛍」 万乃華 れん
 「猫を、尾行」 太月よう
 「まあいいか、アリだし」 みとみ とみ
 「なんでも消しゴム」 うつぎ ちはる
 「つぼ落ち妖怪つかまえます」 横宣ヒロト
 「着ぐるみ宇宙人 空へ帰る」 大枝良子

「声蛍」 万乃華 れん まずタイトルが美しく、引きつけられる。ヤンキースの帽子の件がやや長い感もあるが、雰囲気、空気感が独特で個性を際立たせている。ゆったり時間が流れており、動きがないようで、ある。そこで子どもが修行するようすも新鮮でおもしろい。内面に語りかけてくる表現も好感度が高い。子どもが積極的に手に取るタイプではなく、大人受けする話なので少し心配だという声もあった。ただ独自の世界をまとめる力はある。新鮮なアイデアと文章力が欠点を補う。大人たちが思う以上に子どもは理解力もあるだろう。エンタメだが文学性があり、「言霊」に心を寄せる内容を、今のような時代だからこそ高く評価したい。

「猫を、尾行」 太月よう 文章はリズム感もあり、光るものがある。キャラクターの書き分けもうまく、一気に読めてとてもおもしろい。学校の階段、踊り場での告白など子どもの世界のツボもよくおさえている。しかし悲しいかな、ネタに新鮮味がない。宮沢賢治やジブリ映画などによく似た展開、場面、セリフがあった。また、タイトルも微妙に違うのではないか。「猫のゴンザレス」でもよかったのでは。この勢いは捨てがたいものがあるので、次は抜群のアイデアで勝負をしてもらいたい。

「まあいいか、アリだし」 みとみ とみ 冒頭の「つかみ」がとてもうまく、大いに期待を高めたが、その分、読後の残念な感じも大きかった。テーマである「不幸からの脱出=他人からの感謝」自体が説教臭く、読者をしらけさせる。アリを殺してしまった償いを、どうしてアリとは無関係の人間からの感謝にするのか、いじめ問題との絡みも中途半端。いろいろなトピックが散らばって、収束していない。一貫して大人目線であり、道徳の教科書的な台詞も多かった。「つかみ」で見せた技術を活かして、子どもが素直に入り込める、心躍る作品を書いてほしい。

「なんでも消しゴム」 うつぎ ちはる いきいきとした子どもらしさ、リアルな小学校の生活がよく描けている。子どもにとっては、すんなりと世界に入り込み、おもしろく読んでいける作品だろう。ただ展開がまるで「ドラえもん」的で、冒頭からある程度予測できてしまう。また、子どもの本には必ず何らかの形で「成長」がほしいが、この作品では主人公は最初から最後まで変わらない。細々としたおもしろさ、妙なおかしさは評価されるところなので、今後も文章修行をしていただきたい。

「つぼ落ち妖怪つかまえます」 横宣ヒロト 雰囲気がよい。文章力もあり、キャラクターの心情もよく伝わる。ネーミングも、妖怪退治のスタイルもおもしろい。しかし、話としては読ませるのに、なぜかこの「続き」の方が気になる。これは明らかに長編(連作)向きの作品であり、福島賞とは応募先が異なるように思える。マンガ的なイラストがよく似合いそうだし、年齢を上げたらラノベ風にもなりそうだ。おもしろいだけに残念。来年は福島賞にフィットする作品でご応募いただきたい。

「着ぐるみ宇宙人 空へ帰る」 大枝良子 ぐっと内容に引きこまれる物語だった。「テキオー(適応)スーツ」という発想もおもしろいし、読後感もいい。ただ、タイトルでネタバレするなど、細かいところの詰めが甘い。肝心のスーツが、そのままイスにかけても人間のように見えるという設定は厳しいし、ラストもそれでどうなるのか……という暗示がほしい。また全体的に平板な印象だった。いろいろな意味で惜しい。総合力を上げて、また挑戦してほしい。

受賞作品であるが、最初から評価の高かった「声蛍」が満場一致で大賞受賞作品となった。昨年は大賞該当作がなかった分、選考委員一同、うれしさもひとしおの決定だった。いい本に仕上げて世に問うてもらいたい。佳作については、文章力でキラリと光るものを見せてくれた「猫を、尾行」にすることを、これも満場一致で決定した。次はぜひネタの新鮮な作品の応募を、という期待を込めたい。

受賞作品は次のとおりである。

大賞 「声蛍」 万乃華 れん
佳作 「猫を、尾行」 太月よう

2013年3月
福島正実記念SF童話賞選考委員会

選考委員の選評


選評 石崎洋司

毎年、この欄に書いているように、ぼくは選考の基準を「今後、プロとしてやっていける力があるかどうか」においている。ほんとうにプロとしてやっていけるか否かは、「運」によるところも大きいのだけれど、児童向け作品をコンスタントに生み出すための「最低条件」は、やはりあると思う。その条件とは、ひとつは「技術」、もうひとつは「素材を見つける目」だろう。そして、今回、最終選考に残った作品レベルの高さは、「技術」の方にだけかたよっていたと、個人的には思う。

その最たる例が、佳作の「猫を、尾行」。ぼくはこの作品を一次選考から通算3度も読んだのだが、何度読んでも感想は「ありきたりの内容、でも、書き方は上手」だった。およそ「新人賞」らしくない作品なのだ。けれど、物語を運んでいく達者さには「別のネタでもういちど読んでみたい」と思わせるだけの力があったのも事実。だから、次回のチャレンジに期待、という意味の佳作である。

これと同じく、「なんでも消しゴム」も、文章は上手で内容はありきたり、だった。が、そのありきたりも、選考委員のほぼ全員が「ドラえもん」ネタを想起してしまったとなれば、さすがに技術ではカバーしきれなかった。新しい素材のあつかいに苦労することで、技術が上げるということもある。素材選びの段階でもっとチャレンジしてほしい。 「着ぐるみ宇宙人 空へ変える」は、作品の体裁は整っていた。「ここがダメ!」という欠点がない。でも、そこが欠点。「思いがけないネタ」とか「思わずひきこまれる文」などの長所もないのだ。ちゃんとしているけど、児童読み物の書き方としては古いということ。「現在」に迎合する必要はないが、少なくとも、いまの子どもたちが何を読んで、どう反応するのかも考えてほしい。

「まあいいか、アリだし」にも同じ「古さ」を感じた。実は、タイトルと書きだしには、かなり心ひかれるものがあったのだ。なのに、主人公に課せられたハードルが、いかにも古き良き児童文学的で、とてもがっかりした。デビュー間もない作家たちが、いま、どんなふうに作品で「冒険」しているか、少し研究してみるといいと思う。

意外におしかったのが「つぼ落ち妖怪つかまえます」。キャラもいいし、書きだし、そして物語の運びにリズムがあって、思わずひきこまれる。が、いよいよ本格的に物語が起動するべきところで、紙幅がつきてしまう。50枚だからできること、300枚だからできること、この見極めは経験だと思う。素質を感じるので、ぜひ経験を積んでほしい。

というわけで、満場一致ですんなりと「声蛍」が大賞に輝いた。とくに派手なところもないのに物語的には動きがあるという、不思議な魅力がある。タイトルもいいし、それが中身とつり合っているのもいい。ただ、小3、4向けかどうかには、若干の疑問がある。今後、想定読者と内容のバランスをとれる作品を書けるかどうかが、課題だろう。

選評 後藤みわこ

「猫ブーム?」とわたしの選考メモに書いてあります。最終6作品の半数以上に猫(猫的妖怪を含む)が登場するからです(カラスが重要な役の作品も複数)。それどころか6作品すべて、主人公が男の子で作者が女性。こんなふうに揃うなんて、珍しい年でした。

一次を通過した作品は、どれが上がってきてもおかしくない出来でした。二次を通った6作品は、選考会でどんな結果になっても異議はないと思えるおもしろさでした。

それでも受賞に至らないものは、その理由となるだけの弱点があったわけですが……弱点は魅力を増やすうちに消えていく、あるいは、あっても目立たなくなるんじゃないか。そう信じ、受賞を逃した作品について、印象的な部分、評価した要素を書いてみます。

「まあいいか、アリだし」……異常事態のゾワゾワ感。虫嫌いの子は泣くかも?
「なんでも消しゴム」……小学生男子の生活のリアルさ。読者が楽しめそうです。
「つぼ落ち妖怪つかまえます」……登場人物の心情の掬い方。渋さも好きでした。
「着ぐるみ宇宙人、空へ帰る」……端正な文体。語り口に安定感があります。

魅力をどんどん増やして、ぜひ次回、再挑戦してください。期待しています。

大賞の「声蛍」に関しては他の委員にお譲りするとして、佳作に留まった「猫を、尾行」について、少しお話ししますね。

おもしろい作品です。心地いいくらいノレました。でも、「猫と話が通じる」「猫の集会」「猫たちに紛れ込んだら自分も猫に」などの要素だけ抜き出したら、すでに世に出ている作品にいくつも見つかりそう……。

このノリで、違うネタなら!

好きな作品でも推せず、「もったいなさ№1」でした。選考メモにも、つい「どうすりゃいいんだ」と書いてしまったほどです。

「こんなの見たことない!」と読者が驚くような世界を、楽しく書いてほしいです。

選評 廣田衣世

今回の応募総数は歴代1位。前回、大賞作が出なかっただけに、応募者が減るのではと心配していましたが、300近い作品が集まり、とても嬉しく思いました。

「声蛍」は、まずそのタイトルに惹かれます。口には出せないけれど、胸の中にはしまっておけない、誰かに聞いてほしい、という強い気持ちが「声蛍」となって浮遊する、という幻想的なストーリーが魅力的。一種の言霊のようでもあり、それらを心で感じ取れるようになろうと、一生懸命に精神修行する主人公たちもかわいらしく、ほのぼのと描かれています。物語全体に流れる時間がゆったりと優しく感じられ、独特の雰囲気が伝わってきました。冒頭のヤンキースの帽子云々の部分をもう少し整理し、その分ラストに厚みをもたせるともっとよかったかな、とも思いましたが、最終選考に残った中で、一番好きな作品でした。大賞受賞、おめでとうございました。

「猫を尾行」は、猫集会に出かける飼い猫をそっと尾行しているうちに、自分たちも猫の姿になってしまい、集会に紛れ込んでしまう、という不思議なお話。どこかのアニメ映画で見たような感もありましたが、文章のリズムもセリフもテンポよく、キャラもそれぞれしっかりしていて、とても楽しく読めました。最終選考会の5日前、我が家に迷子の子猫がやってきたこともあり、(現在、うちで飼っています)一読後、思わず愛猫がもっと愛おしくなる作品でした。ただ、タイトルには一考の余地がありそうです。

タイトルという視点でいうと、毎回「ストーリーは面白いのに、タイトルが……」という作品がよくあります。今回の中では「着ぐるみ宇宙人 空へ帰る」などもそうで、要はネタバレ的だったり、ストーリーと全くつり合っていなかったりするものです。タイトルは、読者を引きつける重要なポイントの一つです。その点、「声蛍」や「まあいいか、アリだし」は、成功していると言えるのではないでしょうか。

選評 南山 宏

応募総数がまたもや記録更新されたのはまことに喜ばしい。それ以上に嬉しいのは、選者として長年本賞に携わってきた私から見て、応募作品の質的レベルが全体的に10年前20年前よりかなり上がったように感じられることだ。その証拠に一次・二次・最終選考を通じて、各段階で篩い落とし難い作品の割合が年々増えている。

だが、SF童話の新人賞という本賞の性格上何より重要なのは、アイディアの独創性、エンターテインメント性の充実度、そしてプロ作家としての将来性の3点だと思う。

大賞作『声蛍』は、以上の3要件を申し分なく兼ね備え、その点で全6作の中で一頭地を抜いている。最初に読んだ時点でこれぞ本命と感じさせ、その通りの結果になったのは個人的にも嬉しい。

まず人間でも動物でも「心の声」が「声蛍」という喜びの赤や悲しみの青に光る玉の形で現れ、見える人には見え、聞こえる人には聞こえるという独創性あふれる設定がすばらしい。いわゆる「言霊信仰」思想だが、そのような難解な用語は一切使わずに終始子ども目線に立ちながら、会話と改行を多用するシンプルで短いリズム感のある文体で、テンポよく物語を進めていく。

エンタメ性と文学性をほどよくミックスさせ、押しつけがましくない程度にさりげなく倫理的テーマ性も含ませた作者の力量は瞠目に値しよう。受賞後の仕事に大いに期待したい。

佳作『猫を、尾行』も、作品のエンタメ性と作家としての将来性の2点では、大賞作に引けをとらないものを感じさせる。拾ってきたドラ猫が「猫人間」かもしれないと悩む飼い主の小学生という話はかなり定石的とはいえ、私のような猫好きにはけっこうグッとくる化け猫ユーモアファンタジーだ。

「人語をしゃべる猫」と「猫の集会」という基本設定に前例が幾通りもあるのが残念だが、完成度という一点だけからすれば、過去の大賞作ともほとんど甲乙つけがたい出来栄えと言える。

『つぼ落ち妖怪つかまえます』はタイトル通りの現代妖怪捕り物ファンタジー。普通人には見えない妖怪が見えるため、江戸時代から先祖代々妖怪退治の使命を負わされた少年が、助手の善玉妖怪と協力してこの世の悪玉妖怪を次々につぼに封印して浄化させるというアイディアは秀逸。ただ全体的にグレードが高いので、長編に書き直して本賞の兄貴分のジュニア冒険大賞に挑戦してほしい。

『着ぐるみ宇宙人 空へ帰る』もタイトルそのままのSF冒険譚。丘の上のレンガ屋敷に住むおじいさんと大きなシロネコときれいなおねえさんが、宇宙人の一人三役であることを少年が突き止めてしまう。発見のきっかけが背中のファスナーというアイディアを面白いと思うか、なあんだと失望するかが評価の分かれ目だ。

『まあいいか、アリだし』はアリをうっかり踏み潰した少年が、兄弟アリの大軍団にリベンジを宣告され、助かるためには一週間以内にだれかに感謝される善行をしなければならなくなる。

また『なんでも消しゴム』は魔法のコンビニで「なんでも消しゴム」を買った少年が、大嫌いなサラダや漢字テストの時間などを次々に消していき、ついには親友や自分まで消しそうになる。

どちらの話も最初の設定が平凡すぎ、そこから引き起こされる騒動も予想がついたり、論理のつじつまが合わなかったり、話のピントがぼやけたり、どこかで見たような展開だったりで、残念ながら筆力以外には全体的にあまり魅力が感じられなかった。

蛇足ながら、最終選考の六作品の書き手がそろって女性で、話の主人公のジェンダーがそろって少年(「ぼく」か三人称の男児)だったのは、記憶のかぎりでは前例がない。たんなる偶然か、それともユング流にシンクロニシティーと解すべきだろうか?


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